さあ未来志向へ その扉を開くのは「会話」だ(談慶の筋トレ道)

(撮影・齋藤大輔)

残念ながら『DANRO』が今回をもちまして終了となりました。最終回は「未来志向」をキーワードに掘り下げてみたいと思います。

落語は江戸時代に生まれ、江戸時代で発展したものです。出て来る登場人物たちは過去の人たちであります。おおむね江戸の長屋に住み、貧乏暮らしを謳歌しつつ、セコイことを言い合って、セコイことで喧嘩し合っています。がっかりした言い方をしてしまえば、要するに昔話に過ぎません。

では、なぜそんな過去の遺物のような古臭いともいえるものに、現代人が救いを求めるかのように癒されるのでしょうか?

それは落語が実は未来志向だからです。

「うそだろ? ただのネタバレしたおなじみの話だろ?」とお思いになる皆様、さあ、ここでこそお耳を傾けてください。なぜならば、落語は口承により現代にまで続いて来ている芸能だからです。つまり、演目的にあらすじはほぼ昔から同じですが、それを語る落語家はあくまでもその時代に生きているからです。

決まったストーリー展開の中であっても、その時代に生きる落語家たちの心の叫びを随時反映させながら語り継いできたからこそ落語は長年命脈を保ち続けているのです。

このあたりのさらなる理由については『教養としての落語』(サンマーク出版)にも書きましたので、詳しくはお買い求めください。

なんて、冗談はさておき。

単純な数式に置き換えるならば、「伝統的な話」を「現代に生きる落語家が語る」という掛け合わせによって、現在、そして未来に向けての芸術作品となっているのが落語なのです。

そんな落語の未来性を落語家として初めて予言したのが、わが師匠談志でした。
談志が29歳で初めて著したのが『現代落語論』でした。昭和40年のことです(いまだに版を重ねている超ロングセラーであります)。若手落語家が本を出すというのは当時にしてみれば快挙のことでした。

その末尾は「落語が能と同じ道を辿ろうとしている」という危惧で結ばれていました。やがて危惧が予言となるような形で、その18年後、談志は落語協会を脱退し立川流を創設します。そしてさらにその2年後、『現代落語論パート2』を出版し、そこで「落語は人間の業の肯定」という歴史的な定義を施しました。

まさにそこが談志の天才性たるゆえんなのですが、凡百の落語家には見えなかった落語の可能性(未来性)を看破したのです。「人間の普遍的なダメさ加減を訴えてきたからこそその存在意義は過去・現在のみならず未来にまで及ぶ」と言い切ったのです。一気に落語の寿命を延ばしたと言えるほどの発見でした。

落語が過去の日本人たちの単なる生活スケッチであったならば、落語家も「一字一句教わった形を踏襲する」だけの保存会としての演者的役割で終わっていたはずです。実際、談志以前の落語家は、マクラという落語の本題の前に語る冒頭部分についてもほぼ旧態依然とした紋切り型の内容でした。

たとえば「まんじゅう怖い」という落語がありますが、この代表的な前座噺は、「十人寄れば気は十色(といろ)なんと申しまして……」という昔からの「ことわざ」的なオーソドックスなパターンをマクラとして語り出すのが一般的でした。「まんじゅう怖い」に限らず、ほぼほぼ古典落語は本題の内容に相当する「故事成語」や「ことわざ」などから入るケースがほとんどでありました。

対して、談志は、「政治批判」や「三面記事のネタ」を毒舌チックに縦横無尽に語り、そのあとに続く古典落語に見事につなげて行く離れ技をやってのけ、十分に現代人の視聴に耐えるコンテンツにまで仕立て上げました。最前に挙げた『現代落語論』にはその片鱗と苦悩が垣間見え、以後の一門の弟子を始め、春風亭小朝師匠など後続の落語家たちにまで影響を与えるバイブルにまでなりました。

さあ、ここでその当時の談志のキャッチフレーズが「伝統を現代に」だったことを、ここまで述べた論調に代入してみましょう。

「伝統を現代に」が、いまや「伝統を未来に」とまで言っていいほど、落語界は隆盛を極めています。落語家の数も東西合わせて1000人を超えました。未来を担う一門の孫弟子を含めた若い落語家さんたちが増えています。彼らにとっての未来を、その行く末を正しく照らす不動の北極星として君臨している存在こそが談志ではないかと、確信するのです。

過去と現在、そして「そこから先」が見えなければ魅力はない

ここまでは、落語の未来性へのアプローチを述べてみました。大切なのは「未来」なのです。いくら過去と現在がきちんとしていたとしても、「そこから先」が見えてこない業界には魅力はないはずです。

では、ここから本題です。

筋トレ、そしてみなさんの向き合っている仕事をはじめとした物事に対して「未来」を浮かび上がらせてゆくには具体的にはどうしたらいいのでしょうか?

そこでヒントとなる行為が「会話」ではないかと思います。「落語は会話主体で出来上がっているから、現代的な風情を盛り込めたのではないか」という仮説がその下支えになっています。

対照的なのが「講談」です。落語は「語る」と言いますが、講談は「読む」と言います。お互い大衆芸能として花開いた部分は同じですが、片や落語は庶民階級、講談は武家階級に支持された違いがあり、その性質上、落語は人間の失敗談を、講談は武士の美徳が描かれています。

(撮影・齋藤大輔)

「会話を語る」落語に対して「軍記物を読む」講談という間柄なのです。ゆえに落語のほうが現代を、そしてそれを発展させた未来を表現しやすいのかもしれません(無論これは優劣ではありません)。

「疝気(せんき)の虫」という落語があります。今でいうならば「胆管結石」でしょうか、男性の下腹部に激痛が走る病を称して当時は「疝気」と唱えていました。その疝気を引き起こしているのを「虫」として捉えて会話します(ここに先人落語家の知性があります)。そんな「病原菌」としての虫と語らいながら弱みを聞き出すのがこの落語の肝なのですが、談志はここからさらに飛躍させて、「ガンにもガンに立場とか都合があるはずだ。彼奴と会話してみればいいんだ。医学は病気となぜ会話をしないのか」と生前よく言っていました。

つまり、会話とは、未来への扉なのです。

ターゲットの言い分を聞き、そこに自分の言い分を伝えて、お互い折り合いをつけようとする姿勢は何より平和的です。落語に殺人などの陰惨な場面が皆無なのはそんな優しい姿勢が根底にあるからかもしれません。会話は穏便でないと成立しませんもの。

さあ、自分の未来と会話してみましょう! 奥さん、子供、両親でもいいです。対人間でなくても構いません。たとえば自分の仕事と会話してみても面白いはずです。擬人化することで見えて来るものがあるかもしれません。その訓練として手始めに、自分の筋肉と会話してみましょう。

「今日のベンチプレスはかなり追い込んだけど大丈夫?」
「かなりバテたよ。明日筋肉痛酷いから頼むぞ」
「わかった。プロテイン補給するわ」
「OK」
「明後日はスクワットな」
「えー、もう一日休ませてくれよ」

などとほぼ妄想に近くもなりますが、相手としゃべり合うことができると思うとますますいとおしくなるはずです。

こんな日々が継続できたとしたら、ますます筋トレへのモチベーションも上がってくるはずです。さ、まずは話し合いから。きっと分かち合えるはずです! ここまで、ご購読いただきまして、ありがとうございました!

皆さんの未来が明るく輝いていますように!

 

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