「お客さんのことは考えない」 大人気カレー屋の店主が語る「カレー道」

カレーの達人、久保田信さん

札幌に行ったとき、現地で名高いスープカレー屋さんに「すごいカレー屋がありますよ。俺、最近あそこでしかカレー食ってない」と教えてもらったのが「gopのアナグラ」だった。

5、6年前のことだ。最初の訪問で覚えているのは、メニューをしげしげと眺めているわたしのところへ店主がわざわざ厨房から出てきて声をかけてくれたこと。

「うちのカレーは辛さを増すほどコクが出て味が深くなるから、辛いのが苦手じゃなかったら思い切って試してみてください」

それが、久保田信さんだった。信は「まこと」と読むのが本当だけど、みんなは「シンさん」と呼んでいるみたいだ。

「自分が作りたいカレーを作る」

メニューには、0〜50の「辛さレベル」が選べると記されていた。いつもはなんとなく中辛を食べている人も、この店ではビビらずにもっと辛いのを選べ、絶対にそのほうがオススメ、とシンさんは言うのだった。わたしは勇気を出して、辛さ50を選んだ。

一口ごとに「味わい深い辛さ」が体の隅々まで染み渡る。こんなの、生まれて初めて。最後の一滴まで舐めるように平らげた。食後のチャイを飲んでいるとまたシンさんが出てきて、なぜか「ミャンマーの、ぱっと見はダサいんだけど演奏はめちゃくちゃイケてるバンド」について教えてくれた。初対面でミャンマーのバンド情報って、ディープすぎる…。

その後も札幌で時間があるときは、シンさんの店にカレーを食べに行った。いつ行っても、おもしろいディップや付け合わせが「限定メニュー」として用意されていた。シンさんは年に数回、スパイスの買い出しを兼ねてアジア各地を旅している。旅先で見つけたおいしいものを自分なりに工夫して、期間限定で提供するのだ。どの料理も珍しく、どの料理にもはっきりとルーツと物語があった。それを説明するシンさんの、機嫌のいい雰囲気がたまらない。本当にカレーが好きなんだなぁ、とニヤニヤしてしまう。

「俺、店を出すときに『お客さんのことは考えない』って決めたんです」と言い切る。

す、すごい。

「自分が作りたいカレーがあるから作る、そんだけ。それを威張って出して、金を取りたいんです、ハハハ」

シンさんには威張ってる気配なんてまるでないけど、その心意気は電動ドリルのようにわたしの心をギュインギュインと突いた。相手の顔色を見ながらやる仕事よりも、頼まれもしないのにドカドカやっちゃう仕事のほうがおもしろいに決まっている。自分が作ったものに胸を張る、それ以上に晴れがましい瞬間があるだろうか。いつかこの人の話をじっくり聞いてみたい、とずっと思っていた。

チキン野菜のスープカレー(税込み980円)。職人技の香り高い一品。

人生の豊かさは「画素数」で決まる

このたび、お店の定休日にインタビューさせてもらうことになった。「いつもオフの日は何してるんですか」と問うと、シンさんは即答。

「カレー食べに行きますね」

思わず吹き出すと、照れながら付け加えた。

「いや、他店を研究するとかそういうんじゃなくて。普通にカレーが好きなんです」

それで札幌市内の喫茶店、カレー屋さん、喫茶店と3軒はしごして、6時間くらいかけてシンさんの話を聞いた。インタビューは意外な展開を見せた。カレーについて熱弁を振るうのかと思いきや、シンさんの人生を構成してきた小さなエピソードがめちゃくちゃ克明に語られたのだ。

4歳のとき近所の家の牛乳ポストからカツゲン(北海道限定で売られている雪印の乳酸菌飲料)を盗んだ話から始まって、幼少期に父と遊んだ射的ゲームの一部始終、小学校の入学式で先生がなんて言ったのか、うんこを漏らしたと噂になっていた同級生の話、『ロビンソン漂流記』を布団の中で懐中電灯を使って読むとムードが高まること、中学生のころ好きだった女の子と一緒にバスに乗って座り方に悩んだ件、高校の校舎の窓から友だちが手稲山を見ていた風景…。

なんだ、この人のこの記憶力は!? すべてのエピソードが信じられないくらい細かい。固有名詞もずらずら出てくる。その調子で大学時代やサラリーマン時代の事件簿が延々と紐解かれていった。わたしは途中から気が遠くなった。まるで過ぎ去った全部の時間にスポットライトが当たっているみたいだ。

あっけにとられているわたしにシンさんは言った。

「人生は、画素数がどれだけ多いかだと思うんですよね」

画素数…。たとえば厨房でカレーを作っているときに店内でスプーンが落ちる音がしたら、シンさんにはどこの席の人がスプーンを落としたか察しがつくという。「鍋、ここに置いてくれる?」と頼んだら、ただ置くだけじゃなくて鍋の持ち手の向きを考えて置いてくれるバイトちゃんに感激するという。画素数が多いとはそういうことだ。どこまで細かく見えるか、聞こえるか、察せられるか、憶えていられるか。それは個々人の画素数が決めるとシンさんは言うのである。

「小学校1年のとき、親父が亡くなったんです。あぁ人は死ぬんだ、時間は二度と戻らないんだと思い知った。それで、できるだけ全部憶えておこうと思ったんですよね」

すべての会話を、すべての風景を、すべての気持ちを憶えておきたい願望が、シンさんの画素数を育んだのだ。これまでに人からもらった手紙は全部保管してあるというから驚愕した。それも授業中に先生の目を盗んで書いたくだらないメモとか、中学でバンドをやっているときに下級生がくれた手作りのマスコットとか、もうありとあらゆるものを。

「捨てられないですよ。二度と戻れない時間が貴重すぎて」

札幌中のカレー好きが集まる店に

シンさんはガラスメーカーや印刷会社で勤務したのち、30代でひょんなことからスープカレー屋さんで職を得た。店を任されたり、移ったりしているうちに、「わかりやすい味」に疑問を抱いたという。

「鶏がらスープを濃くすれば、出汁の旨味が出るから日本人にはわかりやすい味になるんです。だけどスパイスの香りを生かすなら、スープじゃなくて水を使うほうがいい。どういう順番で材料を投入するか、どのように鍋に火を入れていくか、もう無限のパターンがあって…」

行けども尽きぬカレーの道に、画素数が多い人がハマった。そりゃあもう、とことんディープになるに決まっている。それで行き着いたのが「お客さんのことは考えない」という結論だった。

「どんなにお客さんの好みを考えて作っても、100人が100人『うまい!』ってことはないでしょ。絶対に『俺の口には合わねえ』って言うやつがいるんだから。だったら最初から客に合わせずに、自分が好きなカレーを作ったほうがいいと思って」

40歳で自分の店をオープンした当初は、お客さんを待ちかねた時期もあったという。でもすぐに札幌中のカレー好きが集まるようになった。駅から歩いて15分の立地なのに、お店がすいていることは滅多にない。

「年に2回も3回も、旅行するたびに店を閉めてる。そんなことしたら客が離れるぞって言う人もいるけど、俺、ぜんぜん迷わないです。万人にウケる生き方なんかできないからね」

シンさんみたいな人は珍しい。と思う一方で、こういう人はきっと世界中にいるだろうなとも想像する。バンドをやっていて、髪をちょんまげにしていて、カレーを愛している。自分が好きな本や映画をよく知っていて、友だちの幅が広くて、だいたいいつも機嫌がいい。きっとこういう「少年以上、おじさん未満」はロンドンにもベルリンにもソウルにもいて、今夜も街の一角を照らしているだろう。もちろん、札幌でも。

 

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